2008年5月10日
奥の細道 16 平泉高館 松尾芭蕉 俳句 教秀
松尾芭蕉 奥の細道 俳句 教秀
夏草や兵どもが夢の跡
なつくさや つわものどもが ゆめのあと
私のいるこの地藤原氏の栄華の跡も、源義経の最後の地も、今となっては、まるで夢のような話だ。ここで夢を求めて、戦ったなんて信じられないなー。今では、夏草が生い茂っているよ。この世は、常に無常である。元禄2年(1689年)の夏 芭蕉詠む
The meaning of this haiku
When a trace of my prosperity of this ground Fujiwara whom there is becomes the last ground of Yoshitsune Minamoto now, it is an at all dreamlike story. I demand a dream here, and it is unbelievable to have fought. Grass grows thick in the summer now. The world is always mutable.
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2008年5月9日
奥の細道 15 宮城野 松尾芭蕉 俳句 教秀
松尾芭蕉 奥の細道 俳句 教秀
あやめ草足に結ばん草鞋の緒
あやめぐさ あしにむすばん わらじのお
加右衛門さん、いろいろ世話になりました。あなたがくれた草鞋にどう感謝してよいかわかりません。あなたへの感謝と旅の無事を祈って、あやめ草(菖蒲)を草鞋の緒につけました。このご恩は、終生忘れません。
The meaning of this haiku
Thank Mr. kaemon, you for your help in various ways. Thank you for presenting shoes for Japanese-style trips to us. I added an iris to the shoes. Because it was said that the iris sent away a bad thing, I tied it to the cord of shoes. I do not forget this favor for life.
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奥の細道 14 岩沼 松尾芭蕉 俳句 教秀
松尾芭蕉 奥の細道 俳句 教秀
桜より松は二木を三月越し
さくらより まつはふたきを みつきごし
江戸を出発してから、三ヶ月過ぎて、ようやく二木の松を見ることができました。この松を見ることができて、とてもうれしいよ、挙白。
挙白(きょはく=芭蕉のもんじん)は、「武隈(たけくま)の松見せ申せ遅桜」(桜はそちらに着く頃は散ってしまっているだろうから、二木の松をぜひ見せなさいよ)と餞別の句をくれたが、その通りになりました。挙白に対する答礼の句。
The meaning of this haiku
Three months passed away after leaving Edo and were able to watch a pine of Futaki at last. I am very glad to be able to watch this pine. I am full of the feelings that want to give etiquette to Mr.Kyohaku of my pupil heartily.
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奥の細道 13 宮城 松尾芭蕉 俳句 教秀
松尾芭蕉 奥の細道 俳句 教秀
笠嶋は いづこ五月のぬかり道
かさじまは いずこさつきの ぬかりみち
藤中将実方(とうのちゅうじょうさねかた)の墓があるという笠島は、五月雨あとのぬかり道のかなた。この辺土で無念の死をとげた中将の魂は今何処にあるのだろう。
この日は、五月晴れとはいかなかったが、薄日のさす晴れの日だったらしい。しかし、ここの地形からして梅雨どきの畦道を通って笠島道祖神まで歩いて行ける状況ではなかったに違いない。
The meaning of this haiku
Because I became the muddy road by early summer rain, I was not able to go to Kasashima. For the soul of the lieutenant general Mr.Sanekata who died regrets death in Kasashima, I pray his soul may rest in peace.
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奥の細道 12 医王寺 松尾芭蕉 俳句 教秀
松尾芭蕉 奥の細道 俳句 教秀
笈も太刀も 五月にかざれ 紙幟
おいもたちも さつきにかざれ かみのぼり
いま、薫風香る五月。弁慶が肩に担いでいた笈も太刀も五月の風に吹かれて、紙のぼりとなり、ひるがえっています。これを見ていると、むかし、義経に最後まで忠君を尽くして仕えた佐藤兄弟のことがしのばれるな~。
5月2日。瀬上から佐場野に行き、佐藤兄弟の父元治夫婦及び佐藤兄弟の墓に参る。その後、飯坂温泉へ。ここに大島城があり、ここが佐藤元治の館跡であった。一行は、飯坂に宿泊。夕方から雨。夜更けて強雨。
The meaning of this haiku
The May when a light,balmy breeze is fragrant now. Blowin' in the Wind of the May flutters an old Japanese-style shawl rucksack and a model of the big sword-shaped paper. When I watch a model of this paper, I remember the faithful Sato brothers who served Yoshitsune.
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2008年5月7日
奥の細道 11 福島 松尾芭蕉 俳句 教秀
松尾芭蕉 奥の細道 俳句 教秀
早苗とる手もとや昔 しのぶ摺
さなえとる てもとやむかし しのぶずり
昔、陸奥の国(福島県)信夫群では、忍草を石の上で布にこすりつけて染め物をしたと聞いております。それを「しのぶもじずり」というそうです。早乙女達の田植えの手つきを見ていますと、なんとなく昔の染め物さばきと重なって思い出されました。
4月29日。快晴。須賀川を出発。まず、南下して石川郡玉川村の石河の滝を見物。あちこち立ち寄りながら夕方、郡山に到着してここで一泊。宿はむさ苦しかったようである。
5月1日。快晴。日の出とともに宿を出て、郡山市日和田町で馬を求め、安積山・安積沼を見ながら、二本松へ。黒塚の鬼を埋めたという杉の木立を眺めながら、日の高いうちに福島に入る。福島に一泊。ここでは、宿はきれいだった。
5月2日、快晴。福島を出発。阿武隈川を岡部の里にて船で渡り、信夫文字摺石を見物。源融<みなもとのとおる>と土地の長者の娘虎女との悲恋伝説のある「虎が清水」などを見てから、月の輪の渡しで再度阿武隈川を渡って瀬の上に出た。
The meaning of this haiku
I hear it in old days when I rub grass against cloth on a stone in state Fukushima Shinobu group and be dyed and got it. It called "Shinobu-zuri" is so. I have remembered somehow old dyed goods when I watched a way of using hands of the rice-transplanting of young girls.
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奥の細道 10 須賀川 松尾芭蕉 俳句 教秀
松尾芭蕉 奥の細道 俳句 教秀
世の人の 見つけぬ花や軒の栗
よのひとの みつけぬはなや のきのくり
栗というのは、「西の木」と書きます。行基菩薩(奈良時代の位の高い僧)は、この木を西方浄土に関係があるとして、杖や柱にお使いになりました。私の弟子は、栗の木の下に庵を建て、世間と隔絶した修行を行っているそうです。では、訪ねてみますか。
4月23日、「世をいとう僧」こと可伸を訪ねる。
4月24日、等躬宅の田植えがあった。午後からは可伸の庵で、「世の人の見付けぬ花や軒の栗」に始まる七吟歌仙。雷雨。
4月25日、等躬は物忌み。
4月26日、小雨。杉風宛に書簡執筆。
4月27日、くもり。三つ物。芹沢の滝見物。
4月28日、朝は曇。今日、須賀川を発つ予定であったが、矢内彦三郎が来て延期となる。午後、彦三郎宅を訪問。
4月29日、須賀川を後にする。快晴。石河の滝を見物。途中、本実坊・善法寺などに立ち寄って、夕方郡山に到着して一泊。
The meaning of this haiku
I write the chestnut as "a west tree". The Gyouki Bodhisattva (the Buddhist priest that the digit is high of the Nara era) did this tree when connected with the Western Paradise and used he as a stick and a pillar. My pupil builds a hermitage under a chestnut tree and seems to perform ascetic practices separated from the world. Then do you visit?
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